修羅と荊の道を行け
「あー、やっぱり絵の具持ってくれば良かった」

とか、でも風呂場に持ち込むわけにもいかないし、ぶつぶつと呟いている。

「おほほ、奥様はすっかり絵に夢中になられていますね」

「絵のことになると、飯を食うのも忘れるんです」

言っても、咲耶が絵を描いているところは見たことはない。画集は何冊か買ったが。

「夢中になれるものがあるのは良いことですよ」

仲居は部屋の説明を終えると、出て行って、二人きりになった。

咲耶は既にスケッチブックを手にして、窓の外の景色を見ている。

「この部屋の中にも温泉ついてるぞ」

「そうなの?」

子供の様に目を丸くして、咲耶ははいていたタイツを脱ぎ捨てると温泉の方に向かった。

「わぁ、良い景色」

それから咲耶の声は一切聞こえてこなくなった。

「咲耶」

覗くと、お湯の中に立って、鉛筆を走らせていた。

何度も景色を見て、鉛筆を走らせている。

スカートの裾がお湯で濡れてきている。
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