淡い記憶
医大は、塾よりも家から離れていたが、今日は塾が休みなので、
医大に行ってみようと思った。面会はできないものの、家族に会えれば、
どんな様子なのかも聞けると思った。

陽一郎は、面会謝絶という状態がどのくらい危機的状態なのか、
この時は、まだ分かっていなかった。受付で青木哲夫の名前を言って病室を聞く。

「ああ、その人なら、家に帰りました」
「え?家に?だって……面会謝絶だったのに……治ったんですか?」
「さあ、ここではわからないんです。とにかく、
ご自宅に帰られたことになっています」  

陽一郎は、病院を出て、わざわざ青木の家の前を通って帰ったが、
家はひっそりとして、お父さんの車が車庫にあったので、
お父さんが家にいるのだなと考えながら、
良くなったとはいえ、看病に忙しいだろうし、
邪魔してはいけないと思い、自宅に帰った。  

夕食も食べ終わって、自分の部屋で、
CDを聞いていると、母親が叫んでいることに気が付き、
ドアを開けると、階段の下から、コードレス電話を差し出している。

その電話を受け取りながら、引っ返し階段を上って、自分の部屋に足を進めたが、
電話の主が秦野先生で急に姿勢が良くなって、キオツケで改まった。

「小原か」
「はい」
「よく聞けよ。今から田中と太田にも連絡するんだが、青木な……
あいつ、亡くなった」
「ナクナッタ?」  
ナクナッタという響きが、いったい何なのかピンとこなかった。

病室からいなくなったのかな?なんて、
まだその本当の意味と響きが頭の中で繋がらなかった。

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