泣かないで!
「やっぱりいた」
玄関に立つ志穂は
優に負けず劣らず不機嫌だった。
いや、優より不機嫌かもしれない。
「ごめん、寝てたから」
そんな志穂に優はたじろぐ。
「あがるわよ」
強引に部屋に上がり込む志穂は、優より1歳年上の大学生。
初めて出会ったのは2年前のオフ会。
オタクの集まりかと思い出向いた優には
志穂はまばゆいばかりの存在に映り
一目で恋に落ちた。
そしてその日
気が付いたら
一夜だけ志穂と過ごしていた。
何故だか知らないが
志穂が優を誘ったのだ。
…しかしそれっきり
それ以上なんの発展もない。
後にそれが
俗に言う
やり逃げだと知った。
知ったが…、優には
再び志穂に連絡する
手段も勇気もなく
志穂もその日以来
ネットゲームにログインしなくなっていた。
そしてその志穂が今、
何故か優の部屋にいる。
志穂がこの部屋に来るのは、あの夜…
2年前のオフ会の日以来だ。
玄関を閉め薄暗い部屋の中を見渡す志穂
勝手に電気を付け
勝手にベッドに座る。
そんな光景にまだ夢を見ているのではないかと
優は内心考えていた。
「相変わらずみたいだけど…元気してた?」
すると、
ワンルームの部屋
玄関に立ち尽くしたままの優に、志穂は声をかけた。
状況を見ると、どちらが部屋の主かわからない
「…うん…カルマさんは?」
どこか間の抜けた返事になったかもしれない
それでも返す言葉が見つからなくて。
「ハンネで呼ぶのやめてくれない?」
「あ、ごめん」
「…別に謝らなくても」
「うん、ごめん、あ、ごめん…」
そんな会話とも呼べないやり取りが続き
なんとも言えない沈黙が部屋を支配した。