あなたへ。
二人がまだ心配そうな顔であたしを覗き込んでいるので

「なんでもないよ、大丈夫だよ!」

つい大きな声を出してしまった。
二人は驚いた顔を見合わせている。
なにか変に思われたかな…。
そしてまどかが、腕時計を見やると立ち上がる。

「あ!ごめん、あたしこれからバイトなんだ。
じゃあ杏子、千晶、またゆっくり話そうね〜」

と飲みかけのドリンクと、自慢のブランドバッグを手に軽快に去ってしまった。
おそらく、今日は大学が早く終わってバイトまでの空き時間が出来てしまい、その暇潰しにあたしと千晶が呼ばれたんだろう。
まどかは高校時代から、人付き合いにおいて、こういう抜け目ないところがあった。

若者達の楽しそうな話し声や笑い声に包まれた喫茶店に、残された千晶とあたしはなんとなく苦笑する。

「せっかくだし、これからご飯でも食べて帰らない?」

千晶がそんな提案をしてくれたので、有り難かった。
家に帰っても、相変わらずママは瞬介の受験の為に夜食だなんだで世話を焼き、パパはそんな二人には我関せずでビールを飲みながらテレビをただ黙って観てるだけだから。
最近、そんな家に帰るのが気が重い。

「うん…今日は、教習所は?」

二人で席から立ち上がり、空のドリンクやトレーを片付け店から出る。

「もう卒業検定合格して、あとは学科試験受けるだけだよ」

「早いね。通い始めてから1ヶ月くらいじゃない?
あたしも免許欲しいなぁ」

「杏子も取りなよー。
あたしの行ってる教習所紹介したげるよ、授業料安くなるよ」

「うん…。でもお金ないし…あ!」

あたしは携帯のスケジュールを告げるアラーム音で、今日の大事な予定を思い出した。
携帯の画面には「18時・ライブ」とある。
なんで、どうしてこんな大切な用事を今の今まで忘れていたんだろう。

「ごめん千晶、あたしも用事あったんだ!」

「え?もしかしてあのバンドのライブとか?」

「…うん。当日券ならまだあると思うし、千晶も行く?」

「いやぁあたしは遠慮しておくよ。二人とも今度埋め合わせしてよね」

「うん、本当ごめん!」

千晶と別れると、あたしはその場所まで全力疾走で駆け出した。
財布の中に入れっぱなしになっていた、チケットを握り締めて。
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