あなたへ。
だから…あの時喫茶店で、千晶を誘ったのは、まだ気持ちに踏ん切りがつかなかったから。

あの場で千晶が「来る」と言ったら、これは…渡さないで、ライブが終わったらそそくさと立ち去ってしまおう、そしてどこかで千晶と夕食を食べて家に帰ってしまおうと決めていた。
この気持ちは、欲望はなかったことにしようと、自分の中だけに封印しておこうと思っていた。

だけど、結果は違った。
あたしは今日、ある事を決行する。

ライブハウス前でフェニックスのメンバーの「出待ち」をし、出てきた明に話しかけ、差し入れのポットボトルのコーラと、明がブログで好きだと書いていたチョコレートとともに、あたしが書いた手紙を。

手紙には月並みな内容だが、今までずっとフェニックスの特に明の曲のファンで、ほぼ毎回彼らのライブには行っている、バンド活動と大学生活を両立させるのは大変だと思うが、どうが頑張ってください−と言うものだ。

本番はここからだ。

手紙にあたしの名前と、携帯番号とメールアドレスを書いたのだ。
そして以前、まどかと千晶と三人で撮ったプリクラを貼り、「右が私です♪」と注意書きを添えて。

こうしてあたしの連絡先を書いておけば、もしかしたら、あたしに興味を持った明がコンタクトを取ってくれるかもしれない。
…もしかしたら彼と、繋がれるかもしれない。

本当に何万分の一の可能性でも、明のほんの、ほんの少しの気まぐれでも、あたしはそれに賭ける。

もし手紙が読まれなかったら、そして何より連絡が来なかったら、それが怖くて、実はこの計画は少し前から考えていた。
しかし良い結果にならなかった事を考えると、なかなか実行出来なかった。
傷つくことが、怖かったから。

もし千晶が来たら、「千晶も一緒で、早く帰らなければならなかったから渡せなかったんだ」と理由付けが出来た。
言い方は悪いが、手紙を渡さなかったのは千晶のせいに出来た。
それだけ、あたしに勇気がなかったのだ。

でも結果は違う。
あたしは、今日は絶対にこの手紙を明に渡す。
もしそれで彼から返事が来なくても構わない。
こんなファンがここに一人いる…それを彼に知ってもらえるだけで充分だ。
そんな風に思えるのが、あたしは何だか自分が不思議でしょうがなかった。
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