あなたへ。
明と雛妃は、別れた恋人同士とは思えないほど、他人から見たらごく親しげに話していた。
まぁ横に慎も居るし、正確に言えば二人っきりではないのだが。
インターネットの掲示板を見る限り、別れた原因が事実なら円満に別れたとは言い難い。
それともそんな俗っぽい感情を持たずに、さばさばと付き合えるのも、同じ音楽を好きな同胞だからなのだろうか。
ふと気づけば、雛妃の取り巻きらしき女性も二人、彼女の両隣に立っていて、その会話に加わっていた。
二人ともあたしと同じぐらいの年齢と思われた。
片方は身長が高いが痩せぎすで不健康な印象で、もう片方は小太りでやけに声が大きく、笑い方も下品だ。
二人とも長い髪を黄色く染め、化粧も濃い。
服装は雛妃を模倣してか、露出が多いタイトなものを着ているが、二人にそれは全く似合わず、場末の水商売風の女に見えた。
五人で長々と話しているので、明・慎がお目当ての他のファンの子達も、二人に接近するのを諦めたのか足早にこの場から去っていく。
あたしの、ここで彼らに割り込み手紙と差し入れを渡す勇気は、もはや萎んだ風船のようになってしまっていた。
雛妃はファンのリーダー格だし、目を付けられたら怖い。
あたしのことまで掲示板にあることないこと書かれてしまうことだろう。
いや、それは別に構わないが、下手をすればフェニックスのライブにも行けなくなってしまう可能性だってある。
それだけは、どうしても避けたい。
だが…あたしが取った行動は、思っていたことと全く逆の事だった。
今まで気が弱く引っ込み思案で、思った事をなかなか口に出せない性格だったのに、一体今日はどうしてしまったのだろう。
それだけ、この決意は固かったのだと我ながら驚いた。
「あのっ!」
あたしが声をあげると、10個の瞳が一斉にこちらを見た。
彼らの射る様な視線をもろに受けるが、あたしはそれに怯むことなく明に向かって歩を進めた。
「あたし、新庄杏子って言います。いつもライブに来てます。フェニックスの、特に明さんの曲のファンです。良かったらこれ、受け取って下さい!」
決意は固かった−と言っても生来の臆病さはなかなか消えてくれず、正直に言うと名前を名乗った後は下を向いてしまっていた。
そして、半ば強引に差し入れを明に渡す。
明は少し驚いたようだったが、
「ああ、ありがとう」
と微笑みお礼を述べてくれた。
それを見て、あたしは自分の顔はもちろん耳まで赤くなっているのを感じ、回れ右をするように踵を返し、そのまま走ってその場を去った。
やっと。
明に。手紙を、渡せた。
明に。話しかけることができた。
明が。あたしを見た。
明が。あたしに微笑んだ。
明が。あたしに、言葉をかけてくれた。
明が−…。
それからはどうやって家に帰ったのかは覚えていない。
気がついたら真っ暗な自室のベッドの上で、パジャマに着替え化粧も落としていることから、そこそこの平常心は保っていたらしい。
トイレに行こうとベッドから降りた瞬間、扇風機を足にぶつけ痛みを生じ、ああこれは夢じゃないんだと思った。
扇風機?
もうすぐ夏だし、気の早いママがきっと出してくれたんだ。
まぁ横に慎も居るし、正確に言えば二人っきりではないのだが。
インターネットの掲示板を見る限り、別れた原因が事実なら円満に別れたとは言い難い。
それともそんな俗っぽい感情を持たずに、さばさばと付き合えるのも、同じ音楽を好きな同胞だからなのだろうか。
ふと気づけば、雛妃の取り巻きらしき女性も二人、彼女の両隣に立っていて、その会話に加わっていた。
二人ともあたしと同じぐらいの年齢と思われた。
片方は身長が高いが痩せぎすで不健康な印象で、もう片方は小太りでやけに声が大きく、笑い方も下品だ。
二人とも長い髪を黄色く染め、化粧も濃い。
服装は雛妃を模倣してか、露出が多いタイトなものを着ているが、二人にそれは全く似合わず、場末の水商売風の女に見えた。
五人で長々と話しているので、明・慎がお目当ての他のファンの子達も、二人に接近するのを諦めたのか足早にこの場から去っていく。
あたしの、ここで彼らに割り込み手紙と差し入れを渡す勇気は、もはや萎んだ風船のようになってしまっていた。
雛妃はファンのリーダー格だし、目を付けられたら怖い。
あたしのことまで掲示板にあることないこと書かれてしまうことだろう。
いや、それは別に構わないが、下手をすればフェニックスのライブにも行けなくなってしまう可能性だってある。
それだけは、どうしても避けたい。
だが…あたしが取った行動は、思っていたことと全く逆の事だった。
今まで気が弱く引っ込み思案で、思った事をなかなか口に出せない性格だったのに、一体今日はどうしてしまったのだろう。
それだけ、この決意は固かったのだと我ながら驚いた。
「あのっ!」
あたしが声をあげると、10個の瞳が一斉にこちらを見た。
彼らの射る様な視線をもろに受けるが、あたしはそれに怯むことなく明に向かって歩を進めた。
「あたし、新庄杏子って言います。いつもライブに来てます。フェニックスの、特に明さんの曲のファンです。良かったらこれ、受け取って下さい!」
決意は固かった−と言っても生来の臆病さはなかなか消えてくれず、正直に言うと名前を名乗った後は下を向いてしまっていた。
そして、半ば強引に差し入れを明に渡す。
明は少し驚いたようだったが、
「ああ、ありがとう」
と微笑みお礼を述べてくれた。
それを見て、あたしは自分の顔はもちろん耳まで赤くなっているのを感じ、回れ右をするように踵を返し、そのまま走ってその場を去った。
やっと。
明に。手紙を、渡せた。
明に。話しかけることができた。
明が。あたしを見た。
明が。あたしに微笑んだ。
明が。あたしに、言葉をかけてくれた。
明が−…。
それからはどうやって家に帰ったのかは覚えていない。
気がついたら真っ暗な自室のベッドの上で、パジャマに着替え化粧も落としていることから、そこそこの平常心は保っていたらしい。
トイレに行こうとベッドから降りた瞬間、扇風機を足にぶつけ痛みを生じ、ああこれは夢じゃないんだと思った。
扇風機?
もうすぐ夏だし、気の早いママがきっと出してくれたんだ。