あなたへ。
あのライブから早いもので、一週間が経った。

あたしは明からの連絡を待ちわび、常に携帯を気にして生活していた。
しかし、一向にそれが来る気配がない。
メールの着信音が鳴れば、高鳴りはやる気持ちを押さえながら受信ボックスを開いても、ママからのメールやメルマガばかり。
ため息をついては携帯を閉じる。
まどかや千晶に会って、思いっきり愚痴れば少しはスッキリするんだろうが、二人にはなんとなく話しにくい。

やっぱり、迷惑だったんだろうか。
明には他にもファンの子からああ言った手紙はたくさんもらっているだろうし、それに一人一人律儀に返事をしていたらキリがない。
フェニックスのギタリストと言う以前に一人の大学生なのだし、大学にアルバイトに作曲に練習にとやる事はたくさんあるだろう。
そう思って、半ば無理矢理自分に言い聞かせていた。
明にあたしというファンの存在を知ってもらえただけで充分だと。
こんなことぐらいで挫けないで、またフェニックスのライブに行こう、彼らを応援し続けようと。

でも、やっぱり少しだけ、悲しかった。
あたしの憧れと恋心が微妙に入り交じった淡い感情が、昔に読んだ童話の人魚姫の様に、泡になって消えていくのを感じていた。

これから、この家とアルバイト先との往復の毎日で、またこんな風に想える誰かと出会ったり出来るのだろうか?
まどかの大学の男友達でも紹介してもらおうか。
きっとあの子の事だ、本命の恋人以外にも、なんでも話せて思いっきり遊び倒せる男の子が何人かいるに違いない。

そんな風に思考を張り巡らせながらあたしは、いつも通り家とアルバイト先の往復を続けるしかなかった。
気が付けばあのライブから更に二週間が経過し、さすがにこんなに時間が経つと諦めがつくと言うよりも、手紙を渡した事さえ忘れかけていた。

ある平日の昼下がり。
アルバイトが休みなあたしは、自室のベッドに横たわり昼寝をしていた。

もともと出不精で、これと言った趣味もなく、親しい友達もまどかと千晶しかおらず、その二人は平日のこの時間は学校である。
給料日前の休みの日は大体このパターンが最早定着していた。
あたし、まだ18歳なのになぁ。こんなんでいいのかなぁと、自嘲する事は度々あっても、その後はこうして現実逃避として惰眠を貪る。

すると突然、側に置いていた携帯の着信音が鳴った。

普段のあたしなら、携帯の電話帳に登録されていない携帯番号からの着信は出ない。
しかしつい反射的に出てしまったのは−特別な理由はなく、ただ単に寝惚けていたからである。

「はい…。」

返事はするものの、あたしはまだ眠りの世界から脱却していない。

「もしもし、俺。俺だ。斎藤だよ」

若い男性の声。
誰だろう?あたしの知り合いにサイトウなんて人はいない。
間違い電話だろうか?
妙に馴れ馴れしいし、人がせっかく気持ち良く寝ていたのになんてヤツだ。

「サイトウって誰ですか?」

わざと苛々している様な声を出すと、携帯の向こうの彼は困ったように笑った。

「参ったな。フェニックスの明だよ。こう言えばわかるかな?」

その言葉を聞いた瞬間、あたしはがばっと上半身を起こした。
完全に眠気は何処か遠くに吹っ飛んだ。

「あ、明さん!?」

あたしの声は完全に裏返っていたと思う。

「うん。良かった。わかってくれて」

携帯の向こうの声−明は今度はおかしそうに笑った。

明が、あたしに、明が、あたしに、電話を、かけてくれた?
どうして?
もう連絡なんて、来ないものだと思っていたのに。
すっかり、諦めていたのに。
でも、こうして、電話をくれた。
どうして。わからない。
でも、嬉しい。
嬉し過ぎて、どうしたらいいかわからない−…。

あたしは自分の感情が、川の氾濫の如く、堰を切って溢れ出ないように、必死に抑えていると、明は続けた。

「あのさぁ、今日の夜って空いてる?」

「えっ?空いてますけど…。」

「俺さ、時間少し空いたからさ、良かったら飯でも食いに行かない?
…っても22時からバイトだからさ、あんまり長くは居られないけど」

え、これって−…。
で、デート?
明が、あたしを、デートに誘っている?
そんなバカな。
こんな事が、現実にあっていいのだろうか。
もしかしてこれは夢?
でも、これが夢ならどうか覚めないで。

「あ、はい…。わかりました…。」

それから明と会話した内容は覚えていない。
ただ、18時に地下鉄A駅の改札前で待ち合わせと言う事になり、通話は終わった。
それからはもうしばらく有頂天で、子供の様にベッドの上を飛んだり跳ねたり、「やったー!!」と叫んだりした。
その時家に家族が誰もいなくて助かった。
この様子を見られたら、確実に病院に連れていかれたであろう。
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