あなたへ。
恋愛に対しては奥手な方だと自覚している。

初恋は、あんな状況にも関わらず中学二年生の時に経験した。
相手は隣のクラスの、未成年ながらに飲酒・喫煙し、誰彼かまわず喧嘩をする、いわゆる【不良少年】だった。当然、相手にされる訳もなく遠くから眺めているだけで終わった。
風の噂では、その彼は中学校卒業後に少年院に入ったらしいが。

高校は共学校だったが、これと言って特別好きな男の子が出来ないまま、三年間を過ごした。
ちょっといいなと思った子もいたと言えばいたが、必ずと言っていい程似たような派手な彼女を連れていた。

友人のまどかは、高校一年生で初めての彼氏が出来てからは、定期的に色んな男の子をとっかえひっかえしていた。
どれもこれも相手は、校内・校外に問わず背が高くハンサムでスポーツマンで優しく話も面白い、そんな素敵な子ばかりだった。

「恋愛より今はバスケがしたい」が口癖の千晶も、奥手と言うか、男の子にあまり興味がないタイプだった。
でも高校三年の時に、男子バスケ部のキャプテンといつの間にか付き合っていた。
二人は元々仲が良く、千晶はずっと友達だと思っていたが、どうやら彼は違ったらしい。
でも相手が東京の大学に進学して、あっけなく自然消滅。それでも千晶はあまり未練はない様子で、「まぁ元気にしているならそれでいいよ」とさばさばとしていた。

あたしはそんな二人を、いつも後ろから指をくわえて見ているだけ。
好きな人にどうやってアプローチをしたらいいのか、そしてその人といい雰囲気になり、交際に持ち込むにはどうしたらいいのか−…さっぱりわからない。

そう言えば明に手紙を渡す少し前、まどかが「大学の友達と何人かで、ご飯食べに行くんだけど杏子も来ない?誰か女の子を紹介してくれってうるさいんだ」と誘ってくれた。

既に明の事しか頭に入っていなかったあたしは断った。でも、今思えばああいう場に参加して、少しでも男の子と接する経験を積んでおくべきであった。

明から手紙を渡したが、その返事がなかなか来なかった時、すっかり気を落としたあたしはまどかからの男の子の紹介を一度は頼もうと思った。

だけど−…実際に行動に移さなかったのは、本心ではそんな【出会い】の仕方は望んでいなかったから。
友達の紹介とか、合コンとかではなくて、自分が出会って、自分が【いい】と思った人と付き合いたかった。
いや、紹介や合コンだって立派な出会いの場で、そこでいいと思える人だっているじゃないかと言われればそうなのだが。
自分の恋人は、自分で見つけたかった。

高校三年の二学期の終業式間近に起きた出来事を思い出す。
同じクラスに、宮西と言う男の子がいた。下の名前は覚えていない。
見た目はまぁ悪くはないのだが、背が低く物静かであまり目立つ方ではなかった。いつも同じようなおとなしい男の子と二、三人で過ごしている、そんなタイプだった。

その宮西君が、あたしの事をよく見ている、とクラスの人間関係に目敏いまどかが言い出したのだ。

「あいつ、いつも杏子の事見てるよね。好きなんじゃないかなぁ?」

まどかはとても楽しげに冷やかした。内心、面白がっていた様な気がする。

「確かに見てる気はするね。地味だけど、いい奴そうだしいいんじゃない?」と千晶も賛同する。

確かに宮西君からの視線は、あたしも感じていた。
宮西君は、真面目で優しくて誠実そうだ。
彼みたいな人と付き合えたら、きっと不器用ながらも大切にしてくれるだろう。
地味で平凡なあたしには、ああいうタイプが合っているのかもしれない。

でも…どうしても、彼を恋愛対象に見る事が出来なかった。
理由は簡単で、タイプじゃなかったのだ。
それからは、やいやい言う二人を尻目に彼を無視する様になった。

そしてある日の放課後。
補習で帰りが遅くなったあたしは、昇降口で宮西君を見た。
彼は帰宅部のハズだし、どうしてこんな時間にまだ学校にいるんだろう?他の補習でも受けていたんだろうか?

周りには他に生徒はおらず、宮西君とあたしの二人きり。
今まで散々無視していたので、正直気まずくて早々にこの場を立ち去りたかった。
でも、宮西君があたしに軽く会釈をするので、仕方なくあたしもそれを返した。
彼は真っ直ぐにあたしを見つめると、

「じゃあ、また明日」

それだけ言って、あたしを昇降口に残し出ていった。
あたしは何も言えず、そこに立ち尽くして、彼の後ろ姿をしばらく見ていた。
それから彼があたしを見ている、なんて事はなくなった。
まどかや千晶はしばらくあたしと宮西君の動向を気にしていたが、やがて何も言わなくなった。

そして終業式を迎え、冬休みに入り、三学期は卒業試験が終わると自由登校なので、ほとんど彼の姿を見なかった。卒業式の日も、お互いに話し掛けるなんて事は、とうとうないまま終わった。

「じゃあ、また明日」

ふとあの日の宮西君を思い出した。
彼は確か、市内の大学に通っているハズだ。
そう遠くない距離にいる。
彼はどうしているんだろうか?
もし彼があたしに告白をしてくれたら−…あたしはどうしていただろうか?
付き合っていただろうか?

そんな今考えてもどうしようもない事に思いを巡らせた深夜、あたしは自室のベッドで明からのメールを待ちわびて、携帯を握りしめながら眠りについていた。
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