あなたへ。
あたしは小学校5年生から中学校を卒業するまで、学校でいじめにあっていた。

何故いじめられたかなんて、理由なんて覚えていない。ただ、クラスではどの子も必ず一回はいじめられる時期があった。
その標的になる順番があたしにまわり、それが次の子に移ることなくいじめは続いた。
もしかして、あたしが最後の一人だったのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。今となってはわからない。

だって内向的で極度の人見知りで、勉強は出来ず運動は大の苦手、友達もおらずいつも一人でいて、クラスでもいるかいないかわからない、空気の様な子だったから。
みんな、あたしの存在を忘れていたか、最初から意識してなかったんだと思う。
最後に誰をいじめるかって話になって、もう誰もいないんじゃないか、いやいやそう言えばあいついたじゃん、ああ、あいつね、そういやいたね−…。

最初はあたしが「おはよう」と挨拶しても無視されるぐらいだった。
それをやるのはクラスでも一部のグループの女子だけだった。
だが、次第に状況はエスカレートし、すれ違いざまに「キモイ」と言われるようになり、いつの間にかクラス中の生徒からそう言われる様になった。

中学校にあがると、いじめはますますひどくなった。
「キモイ」「臭い」「バイ菌」と毎日言われた。
トイレに閉じ込められたり、教科書や上履きを隠されたり捨てられたりした。
冬の下校途中にいじめっ子に遭遇したものなら、マフラーや手袋を奪われ、水溜まりに投げられたりもした。
体育の授業の時は、わざと足をかけられて転ばされたり、ボールを頭にぶつけられたりした。

中学一年の時、溜まりに溜まって担任の女教師に相談をした。
事なかれ主義の担任は、「いじめられる側にも、原因はあると思う」と言い出した挙げ句、「あなたもみんなと積極的にコミュニケーションを取らなきゃ」と何故かあたしが説教された。

そして数日後、いじめっ子達に「おまえ、先公にチクっただろ」などと言われ、数人から代わる代わる背中を蹴られた。

ママにもそれとなく言ってみたが、ママは何故か「恥ずかしい」と言った。
「瞬介は友達もたくさんいて、この前学級委員にも選ばれたと言うのに」とため息をついた。あたしが何かネガティブな事を言うといつもこうだ。
「いじめられたって言ったって、ちょっとからかわれただけなんでしょう?ママにも似た様な事あったわよ。すぐにおさまるから、負けないで頑張りなさい」と肩を叩かれた。
まぁあまり心配をかけたくなくて、いじめの実態を詳しく話さなかったものだから、ママは大した事ないと思ったのかもしれないが。

どいつもこいつも、大人は宛てにならない。
みんな世間体ばかり気にして、自分の保身に必死で、どうか面倒事が起こらないでくれと思いながら日々をやり過ごしている。

こいつら、遺書に誰に、どんないじめを受けたか洗いざらい書いて、あたしが自殺でもしたらどう思うのだろう?
そしてそれが、ニュースに取り沙汰されたら、どうするのだろう?
あの気が弱く、お調子者の男子達に騒がれて授業を中断しただけで泣く担任の事だ、「私のクラスにいじめがあるなんて信じられません、本当に生徒みんな、仲が良かったのに」と言いながら厚化粧をボロボロにして泣きわめいて被害者面をすることだろう。

パパやママは?
パパは絶対に、どうしてこんな事になる前に気づかなかったんだ。俺は仕事があるから、家庭の事はお前に任せてきたんだ。こんな事になったのは、全部お前のせいだ−と激しくママを責めるだろう。
ママはママで、あなたが子供に感心がないから、杏子はこんな目に遭ったんだ。
あなたが子育てにもっと前向きになってくれたら、もっと違う展開になっていたハズだ。
子供達が小学校に上がってから、杏子と瞬介の事を面倒くさそうに扱って−。
そうだ、学校!学校は一体どういう学級運営をしてきたんだ、いじめに気が付かないなんて、いじめをするような凶悪な生徒を野放しにするなんて、とんでもない学校だ、許さない、この人殺し、訴えてやる−…とヒステリーに拍車がかかり、次から次に結果の原因を自分以外の誰かに当てはめようとするだろう。

まぁ結果的にあたしは死ななかった。
でも、どうしても耐え切れなかったらそれを実行しようとも思った。
さてどのくらいの確率であたしの予想は当たるだろうか−と考えながら、まさに死ぬ気で受験勉強をした。
その頑張りは功を成し、学力ランクを二つ上げて、家からバスとJRで一時間かかる公立高校に合格した。
家から遠い分、出身中学からはあたし以外は誰も進学しなかった。

周りはいじめられっ子のあたしを誰も知らない人間ばかりな事、そして何よりやっとそのいじめから解放された事に幸せを感じ、高校に入学してすぐの下校途中、JRの中で密かに嬉し泣きをしたのを覚えている。

この事はまどかや千晶には話していない。
以前一回だけ「杏子って、小中学校で仲の良い友達はいないの?」と聞かれた事がある。
その時は「一人だけすごく仲の良い子がいたが、親の都合で県外に引っ越してしまった」と言ってごまかした。それを二人は納得した。

…あーあ、こんな事を思い出すなんて。
明と別れて帰宅したあたしは、何をする気にもなれずまた自室のベッドで横たわっていた。
気分転換がてら、シャワーでも浴びてシャキッとしてこよう。
そう思った瞬間、携帯が鳴った。
開いてみると、明からのメールが届いていた。
そう言えば、家に着いてかれこれ一時間近く経つのに、明にメールを送っていなかった。
やっぱり心配なんだ。あたしとしてはアルバイト中にも関わらず、ちょくちょくメールを送る明の勤務態度の方が心配なのだが。
そこには、こう書いてあった。

「もう家に着いたか?来週のライブなんだけど、無理して来なくてもいいから」

これ以上明に気を揉ませてはいけない。明には、来週のライブだけに集中してもらいたい。
とりあえずあの掲示板の事は言わないでおこう。
あたしはもちろん明のファンでもあるが、それ以前に、フェニックスの曲が好きでフェニックスのファンなのだから。
何を言われたって、中傷されたって、やましい事はない。堂々としていよう。

そう思いながら「さっき家に着いたよ。来週のライブは行くよ。明も眠いだろうけどバイト頑張ってね。これからお風呂入ってくるね」と明への返信メールを打っていた。
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