あなたへ。
岬の近くは、人はまばらだったが、いくつかの若者グループが泳いだり、砂浜で語り合ったりと短い夏を楽しんでいた。

「あ、いたいた。おーい!遅くなってごめんなー!」

約300メートル先にいる派手な若者達に向かって、明は手を振りながら駆け寄ってきた。
そこにいたのは…まさしくフェニックスのメンバー全員であった。今日は当然ながら皆メイクをしていなく、上半身裸に海水パンツと言うライブとはかけ離れた出で立ちだったから、すぐにはわからなかったが、確かに面影はあった。

琉斗の隣にいる、ストライプ柄のビキニを来た女の子は、フェニックスのライブでよく受付や物販を担当している、あの彼女だった。
彼女は琉斗の恋人だったのか。どう考えても、こんな色白なフランス人形みたいな彼女に、荒々しい野生の猿みたいな彼は不釣り合いな気がした。

「おっせーよ、お前。女の子達に囲まれて、道忘れたか」

「まぁな、そんなところだ。鼻の下50メートルくらい伸びてたしな」

普段より一層険しい三白眼の琉斗に絡まれたが、明は涼しい表情でそれを交わす。

「明の運転、ヘタくそだから乗ってて疲れたでしょ?これ飲んで一息ついて」

そう言って爽やかな笑顔で、あたし達三人に缶ジュースを渡してくれたのは、ドラムの慎であった。
慎は明より背が高く、痩せてはいるが、適度に筋肉が引き締まった男らしい身体付きをしている。
今日はやや伸びた髪を頭の後ろで一つにしばり、視力が悪いのか黒縁眼鏡をかけている。
これで髪さえ短く切って、ワイシャツにネクタイ、あとスラックスでも履かせれば、あたしがよく行く街の大型書店の店員である。
明から聞いた話だが、実際に慎は読書家らしい。住んでいるアパートの部屋も、まるで図書館の様に古い文庫本で埋め尽くされているのだと言う。
中でも海外のミステリー小説が好きらしい。明は漫画しか読まないけれど。

ハンドルキーパー役の明と琉斗、未成年のあたし達はジュースやお茶、その他のメンバーは缶ビールや缶チューハイを手にしている。
そして全員に飲み物が行き渡ったところで、慎が乾杯の音頭を取った。

その手にした缶ビールを、いやに美味しそうにぐびぐびと飲んでいたのはヴォーカルの海である。
ライブでメイクをしている時なんかは、男性ながらに美人と言う言葉がピッタリだが、こうして素顔を見ると割と童顔であった。一応、今集まっているメンバーの中では最年長の21歳らしいのが、高校生に見えない事もない。
だけれども、缶ビールを一気に飲み干し満面な笑みでプハーっとする様子は、まるで会社帰りに一杯やる中年サラリーマンそのものでしかなく、ライブでのイメージは完全にあの岬や山の彼方に吹き飛んでしまっていた。

一息ついたところで、誰かが簡単な自己紹介をしようと言い出した。すると違う誰かが「なんか合コンみたいだな」と茶化し、ゲラゲラとした笑い声が起きる。
まずは男性陣から始まった。
トップバッターは慎からで、「えー…フェニックスのドラムの慎こと浦野慎二です。H学園大学の経済学部の2年生です。今日は皆さん、目いっぱい楽しもう!よろしく!」と快活な口調で場を盛り上げた。そう言えば慎は、ライブでもこんな感じで盛り上げてくれていたな。彼のMCは聞いているだけで楽しい気分になってくる。

次の琉斗も「フェニックスのベースの琉斗こと高梨隆人です。T大学の2年生です…。知ってる人もいるけど、家はお寺です!俺は跡取り息子です!ベース弾くより、お経を読む才能の方があったみたいです!よろしくお願いします!」と後半はヤケクソなのか、ウケ狙いでわざとそう言ってるのかわからないが、隣にいる彼女は、呆れた顔で彼を見つめている。
ノリの良いまどかは「うっそー。じゃあお坊さんになるのー?」と反応した。
「ああ。身内が死んだら俺を呼べよ。格安でお経唱えてやっから」と琉斗が言う。…こういうのを、破戒僧とか不良小僧とか言うのではないだろうか。
琉斗の家のお寺の将来が、少し心配になった。

続いて明の番になった。

「フェニックスのギターの明こと斎藤明です。慎とは学年は違いますが、同じ大学の同じ学部のピッカピかの一年生です。ちなみに…」

そこまで行ったところで、明が隣に立っていたあたしの肩を抱き寄せ「こいつは俺の彼女だから、猛禽類の皆さんお触り厳禁ですよー」と周りに向かって大声で宣言した。すると他の男性陣もおおーっと歓声を上げた。
…頼むからアドリブでそんな事を言うのはやめて欲しい。目立ったり周囲の注目を集めたりするのは、慣れてないのだ。
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