恋咲
咲月の声のおかげで、倒れずに済んだ。
「バ、バイバイ♪」
何事もなかったかのように、手を振る。
「じゃあね。咲月ちゃん!」
あたしに負けじと手を振るお母さん。
…べつに、勝負してないから。
あたしのお母さんに向かって笑顔で、ぺこっとした。
「お邪魔しました」
海斗さんも一礼して玄関から姿を消した。
「…友美」
「何?」
いきなりあたしの名前を呼ぶから、ご飯作るの手伝ってとかお皿洗ってとか言われるのかと思ったら。
「今、私に向かって。…咲月ちゃんが微笑んでくれた!!」
はぁ?
何を言われるんだと思ったらそんなこと?
「いつも笑ってくれてるじゃん」
当たり前のことを言ったあたしはお母さんに、
「そんなこと知ってるわよ!」
怒られた。
「じゃなくてね。何となくなんだけど、いつもと少し違っていたのよ。悲しそうだった…」
悲しそう?
あたしには、変わらない咲月の笑顔に見えたんだけど。
「気のせいならいいんだけど…」
難しい顔をして考え込んでいる。
…何か、変な感じがする。
「きっと気のせいだよ」
あたしは不安を消し去るように、無理に笑った。
「…そーよね。ごめんごめん。さっ、ご飯食べましょ♪」
お母さんは気を遣い、話題を逸らしてくれたんだろうか。
その後あたしは、ご飯を食べ、お風呂に入り、寝る準備をした。
今は、ベッドの上。
明かりを消し、部屋の中は真っ暗。
あたしの不安を大きくしていく…闇。
明日になれば、いつもと変わらない咲月に会える。
だから心配しなくていい…。
自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。