誘惑プリンセス【BL】
 
「──ヒメ?」


 どれくらい、そうしていたんだろう。

 髪で隠れてヒメの表情は窺えないまま。

 一言も喋らないことが気になって、俺はそっと呼び掛けた。


「──俺……」


 突然、何の前触れもなく──


「無理矢理、兄貴に抱かれたんだ」


 ──信じられない言葉が流れ込んでくる。


「……っ!?」

「中学の卒業間近だった」


 酷く静かな声で。

 俺の胸に、そっと横顔を付けてくる。

 何て返していいのか分からず、結局俺は何も言えないまま、ヒメが言葉を続けた。


「アイツは、後妻だったお袋を女として見てた。お袋が病気で死んだ後、お袋とそっくりな俺を身代わりにして抱いたんだ。半分でも、血の繋がった兄弟だぜ? 有り得ねぇよな」


 自嘲気味に吐き捨てるヒメは、俺の胸に横顔を当てたまま動かない。


「現実から逃げるようにバンド始めたり、ライブで出会った女のとこに逃げ込んだりしてさ。外に出りゃ女の子にすっげーモテて、言い寄ってくるヤツなんて山ほど居んのに、家に帰りゃ兄貴のオモチャだ」

「……ヒメ」


 漸く口をついた言葉はたったそれだけで。

 ヒメの唇からするすると流れてくる言葉を素直に信じてやることが出来ない。

 でも、嘘だとも思えない。
 
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