誘惑プリンセス【BL】
 
「朔杜さん、これで分かりましたよね。ヒメノは恭介さんじゃないとダメなんですよ」


 腕を組んで無言のままの朔杜さんは、不機嫌そうに視線を反らす。

 けれどその表情は、何故か酷く淋しそうで。

 俺はただ見ていることしか出来なかった。


「ヒメノの荷物、持ってきますね」


 陣くんが朔杜さんの部屋に行ってしまうと、通路に取り残された俺達の間に気まずい空気が流れる。

 そりゃそうだろう。

 朔杜さんは俺の顔なんて見たくも無いだろうから。

 正直、寝落ちたヒメが少し羨ましい。

 その寝顔に視線を落とすと、長い睫毛が印象的な目元はぴくりとも動かず、静かな寝息をたてている。

 余りにもぐっすりと眠っているものだから、思わず溜息が零れた。

 そんな俺の態度が気に入らなかったのだろうか。

 カツ、と音が聞こえたかと思うと、朔杜さんがゆっくりと俺の前まで歩み寄ってきた。


「ヒメノは……」


 そこまで言って一旦黙り、俺から思い切り視線を反らして、ばつが悪そうに口を開く。


「コイツは、お前が思っている以上に厄介だぞ。繊細すぎて、何かあればポッキリと折れちまう。俺のトコに来た時、ヒメノはかなり憔悴してた。何があったかは聞かねぇが、またヒメノを泣かすようなら今度こそ俺が貰う」

「そんなことにはなりません。ヒメは、俺が守りますから」


 きっぱりと言い切ってから、そんな言葉が自分の口から出たことに、実は俺自身がびっくりしている。

 ヒメが聞いてたら絶対に笑い飛ばされそうだ。

 けど、この言葉は俺の決意表明でもある。

 絶対に、ヒメのことを手放したりしない。

 ヒメを、幸せにするんだ。


「……そうか」


 それだけ。

 たったそれだけの言葉を残して、朔杜さんは部屋へと戻っていった。
 
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