誘惑プリンセス【BL】
 溜息を吐きながら、俺は部屋の鍵を開けた。

 考えることは、何もヒメのことばかりじゃない。


 今日、レストランのマスターに、仕事終わりに呼ばれたんだ。


『ウチに就職してくれないかな?』


 マスターとはちょっとした知り合いで、週に何度か手伝いに入っていた。

 つい最近になって隣町に2号店を開店させたりと、何かと忙しそうだな、と思っていた所にこの話。

 定職に就いていない俺にとって有り難い話ではあるが……その場で返事をすることが出来なかった。

 いや、いつまでもフリーターやってる訳にはいかないのは重々承知だったけど、就職って、こんなにもあっさり決まって良いもんなんだろうか。

 実際の所、時折連絡を寄越す親からは「いつまでもフラフラしてるんじゃない」とかって言われたりしている。

 就職しなきゃな、という思いは、頭の片隅にずっとあった。

 ただ、今はバイトを掛け持ちしているから、余裕は無いけど困ってはいないし、そのバイトだって嫌いじゃない。

 真面目に社会人をやっている友人からあまりいい話を聞かないからか、「就職」という響きにこれといって魅力を感じない。

 何より、バイトと正社員じゃあ、背負うモノが違う。

 勿論、その分給料は良いのかもしれないけれど。


「就職、か……」


 思わず声に出してしまって、自嘲が零れる。

 ヒメは居ないんだ。

 今夜はゆっくり、就職のことでも考えてみよう。
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