誘惑プリンセス【BL】
「──さっきの、誰だったんだろう。全然思い出せない」


 駅前のベンチにヒメを座らせて、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「知らなくて当たり前。さっきのは……俺の、兄貴だから」

「──え?」


 思わぬ言葉に、一瞬思考が固まる。

 なんで、ヒメのお兄さんが俺の名前なんて知ってるんだ?

 ヒメから聞いてる、とか?

 いや、仮にそうだったとしても、俺を呼ぶ理由が分からない。


「もしかして忘れてた? 俺も『恭介』なんだけど」

「──……あ!」


 もう、すっかり忘れていた。

 ヒメの事はずっと『ヒメ』って呼んでいるし、陣くん達だって『ヒメノ』って呼んでいる。

 誰一人とヒメを本名で呼ぶ人なんて居ないから、ヒメは『ヒメ』って名前なんだとばかり思い込んでしまっていた。

 いや、確か『ヒメ』は名字の方だったから、あながち間違いでもないんだけど。


「ごめん、そうだったよな」


 それにしても、やっぱり身内は凄いな。

 ヒメがどんな格好していても、ヒメだってちゃんと気付くんだから。

 もしかして、昔からヒメってこんな風だったとか?
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