エレファント ロマンス
―――本当はオットセイの話じゃなくて、もっと他に話したいことがあったはずなのに。


とりとめのない話をしている内に、象舎の前まで来てしまっていた。


「じゃあ、ここで見てるね」


私はふれあいコーナーで、象舎の中へ降りていく透真を見ていた。


バルコニーから見下ろすよりも、こっちの方が彼のいる所に近い。


―――メガネがあれば、もっとはっきりと透真の顔が見えるのに。


鳴沢先生の部屋に忘れたメガネのことを思い出すと、また気持ちが暗くなる。


『戦うか逃げるか、ふたつにひとつ』


透真の言葉が胸に迫る。


―――でも、鳴沢先生と戦うなんて、怖すぎる。


憂鬱な気持ちになりながら、デラがエサを食べる様子を見ていた。


また、デラが長い鼻をめいっぱい伸ばし、透真の方に自分のエサを差し出した。


今度はバナナ。


子供たちにデラのことをわかりやすく解説する案内板に、
『デラの好物:バナナ』
と、書かれている。


―――透真に近づかないようにしながら、自分の大好きなバナナを差し出すなんて……。


デラがけなげに見えた。


透真はおずおずとバナナを受け取った。


そして、ゆっくりとデラの方へ手を伸ばし、ためらいがちに大きな耳を撫でた。


その指先が震えているのが、ここからでもわかる。


ついに透真がデラに触った。


それを見て、涙が出そうになるほど感動した。


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