エレファント ロマンス
授業には身が入らなかった。


きっぱりと鳴沢先生を拒絶する自分をイメージしてみるが、うまくいかない。


重苦しい気持ちを抱え、ただ、ぼんやりと黒板を見つめていた。


お昼は明奈や他の女の子たちとカフェテリアでランチを食べ、おしゃべりをした。


顔では笑っていても、心は置いてけぼりになったように深く沈んでいる。


何度も何度も透真の顔を思い浮かべた。


自分を奮い立たせるために。


それでも、放課後が来るのが怖かった。


キ―――ン……。コ―――ン……。カ―――ン……。コ―――ン……。


今日ほど放課後が憂鬱だった日はない。


それでも、無情に時間は過ぎた。


机の上の教科書を片付けている時、明奈が私の席に近寄って来た。


「由衣。週番の仕事、終わったら進路指導室の前で待ってるから」


「うん。ありがと」


外で明奈が待っていてくれると思うだけで心強い。


「それと」


明奈が制服のポケットをさぐって、シルバーのペンを取り出した。


「これ、お守り」


そう言いながら、取り出したペンを私のブレザーの胸ポケットにさした。


「お守り?」


「ボイスレコーダー」


「会話を録音するの?」


「そっ。話し合いで解決できないようなら、鳴沢先生が由衣にセクハラしてるって証拠になるような話、引き出して」


つまり、話し合いでは解決できない場合もある、と明奈は思っているのだろう。


その時は……。


想像するだけで、怖気づきそうになる。


私は漠然とした不安を抱えたまま教室を出た。



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