マヨイガの街
留守なのだろうか。

屋敷の中はしんと静まり返っている。


「良いのでしょうか、勝手に……しかもこのように土足で……」

綺麗に掃除された廊下を、山道を歩いてきた草鞋で歩きながら、やはり高下駄のままで先を歩く朔太郎の背に、私はおずおずと問いかけた。

「かまわん。いざという時の備えだ」

天狗の朔太郎は、用心深く歩を進めながらそう答えた。
屋敷に入った時から、彼はどこかピリピリとした空気を放っているように思えた。


ここに、
ひょっとしたらここに、
行方知れずとなった佐久太郎が住んでいるのかもしれない。

逸る心で、朔太郎の後をついて屋敷の部屋を次々に見て回り──


「ここは……この場所は、嫌です……!」


私は次第に背筋が冷たくなって行くのを感じた。


火鉢の上に置かれ、しゅんしゅんと音を立てる鉄瓶。

用意されたまま、手の付けられていない湯気の立ち上る膳。


館の中には、私たちが立ち入るまさにその直前まで、確かに誰かがいたような人の気配があるのに──

呼びかけれども、探せども、

家人の姿は、無人の館のごとくに見当たらないのだった。


時々、離れた部屋で足音のような物音がする。

障子に影が映る気がする。


しかし音の聞こえた部屋に行ってみても誰もおらず、障子を開けてみても人間は存在していない。


これでは──

ここは──

ここはまるで──



「こんな家は──嫌です!」



薄ら寒い幻影を見せられているかのような気分になり、

無人の座敷の真ん中で、ついに私が立ち尽くしてしまった時だった。
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