マヨイガの街
俺の言霊によって一時的に神通力を封じたとは言え、烏天狗である夜小丸があの高さから落下した程度で長時間に渡って行動不能に陥るはずがない。

それを失念するとは。

そしてそんな妖怪変化の俺を、よもや鈴華が身を挺して救おうとしてくれるとは。


乙女の心は神秘だなどと人間男子の如き思いに脳味噌を使う余裕もなく、俺は鮮血に染まった鈴華の体をかき抱いて、

「朔様が……佐久太郎……なのでしょう?」

再び鈴華はその問いを繰り返して、俺の腕の中でこふりと血の塊を吐き出した。

いたいけな胸を無惨に斜めに走る刀傷は深く、どう見ても致命傷であることが一目で知れる。


「鈴は……鈴は……約束を果たしに、こうして、参りました……」


痛いだろうに、
苦しいだろうに、
鈴華は必死に俺の目を見つめて、そう言葉を紡いで──


俺はそのか細く小さな手を握りしめて、
彼女が逝く前に、この命の灯火が消える前に、真実を伝えるべきなのか否か迷った。

だから尋ねた。

「鈴、お前は真実を知りたいか」と。


「真実など知らぬほうが幸せかもしれん。それでも、お前は真実を知りたいか?」


「……すずは……」

今にも消えそうな声で、何も知らぬ無垢なる娘は俺の問いに答えた。


「知りとうございます」


ならば──

俺は、伝えなければ。


「鈴、俺はな──」

「……はい……」


十年前に姿を消した彼女の思い人が、どうなったのか──
< 39 / 82 >

この作品をシェア

pagetop