マヨイガの街
「俺は、鈴の佐久太郎ではない」


出会ってより幾度となく繰り返した言葉を、

死にゆく娘に、

俺は告げた。


「うそ……です……」

「嘘ではない。いいか、落ち着いてよく聞け」


あれは今より十年の昔の──確かな俺の記憶。




「鈴の思い人の佐久太郎が姿を消したというこの山の、更に奥にある険しい山の谷底でな、

俺は十年前、この桜貝の根付を拾ったのだ。

近くには一人の童の死体があった。

おそらく山中に迷い込んで足を滑らせ
転落し、即死したのであろう幼い男の童だった。

俺は、人知れず死んだあわれな童の身元を示すものかもしれんと、この桜貝の根付を大切にとっておいて──今日まで忘れていた。

この貝殻は、その時のものなのだ」




俺はそう言って、落ちていた二つの根付を拾い上げ、彼女の手に握らせた。
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