マヨイガの街
「では、では──魔術、妖術ではなく、天狗の神通力も全て人の技ということなのですね……?」

興奮しながら言った私の言葉に、烏天狗の影時がフンとくちばしの付け根の鼻を鳴らした。

「ここの住人にしては、飲み込みが早いな」

「うむうむ、さすがは我が力を与えた娘」

朔太郎も頷いてくれたので私は嬉しくなった。

「しかしどうしてその懐古都市『江戸』に住む私は、今日までそのことを知らなかったのでしょう」

今が実際には、慶応三年より遙か先の世界であるということや、
既に人が妖術の如き発展した技術を備えていること、
先祖が星の海を渡ってきた歴史など、

私には全てが初耳だった。


「それは鈴らが──正確には鈴らの先祖が、忘れたいと願ったからだ」

「えっ……?」


真剣な朔太郎の目を、私はまじまじと見つめた。

忘れたいと願った……?

「そんな立派な歴史をですか?」

朔太郎は複雑な微笑を浮かべ、


「鈴よ、お前には万能に思えるかもしれぬが、技術が進んだ現代の世界にも問題は色々あるのだ」


と言った。


「懐古都市に住もうとする住人たちは、自らの知識や記憶も江戸時代に合わせて、完全に過去の日本人になりきった生活を望んだ。

それは単なる酔狂ではなく──この懐古都市計画の目的の一つでもあったのだ」


朔太郎は、昼とも夜ともつかぬどんよりした紫色の不思議な色をした空を見上げて、


「鈴、覚えておけ。
裏切り者である烏天狗の夜小丸によって気象管理用のテラフォーミングナノマシンを狂わされたこの場所で、今、我らの頭上に広がっている空──

これが、この惑星の本当の空だ」


そう言って、目を見張って天を仰ぐ私の前で朔太郎は手にした羽団扇を一振りし、


気象管理用のナノマシンとやらに命令を与えたのだろうか。

彼のその動作で見る間に空は色を変え、たちまちに頭上には陽の沈んだ後の漆黒の夜空と星々の輝きが広がった。
< 54 / 82 >

この作品をシェア

pagetop