マヨイガの街
「今から百年以上前、人工物に囲まれて生活する閉塞感から人間の精神を解放させようとする運動が起きた。

そのための試みの一つとして、人間が選択したのが──


過去を忘れることだった。


ここが地球を遠く離れた場所であることも、

作られた偽物の世界であることも、

今が恒暦の時代であることも、


全てを封印した過去の世界を構築して、

便利で快適な現代的な生活も
他の都市との交流も捨て、

懐古都市の中のみで、完全に過去の時代の人間として生きることで、より人間らしい幸福の実現を求めたのだ」


その思想は受け入れられ、

私たちの暮らすこの第一懐古都市「江戸」が作られ、次いで第二懐古都市「東京」が作られた。


記憶の改ざんや洗脳といった技術は既に大昔に確立されていたため、私たちのご先祖様はこれまで生きてきた世界の記憶を捨て、「江戸時代」の人間としてこの都市に移り住んだのだそうだ。

当然、この懐古都市の中で生まれた私たちの世代には本来の歴史は伝えられず、

懐古都市の住民の生活は、真実から厳重に遠ざけられ、

この秘密を守るための仕事として「天狗」が置かれた。


「この計画の遂行のためには、住人たちを遠ざける必要のある場所もあるし、自ら無知となった人間の安全を確保せねばならん。

どうしても住人の管理は必要だが、
万一、懐古都市の住人に、『この時代』には存在しないことになっている高い技術を目撃された時に、いちいち記憶の改ざんを行わなくてもよいように考えられた苦肉の策の一つが──迷信の類が信じられていることを利用して妖怪変化を装うことでな」


そう語る朔太郎はちょっと楽しそうだった。


「同時に──この懐古都市での生活は望むものの、
自らの知識や記憶、ついでに他の都市との交流や、現代の快適な肉体を手放す思想には賛同できなかった者への移住措置の一つとして、この『天狗』という役職が作られたのだ」

「まあ」

私はぽんと両の手を合わせた。

「朔様も?」

「そういうことだ」

ニヤリと口の端を吊り上げて笑う朔太郎の、金の瞳や灰色の髪の毛を眺めて、
私は彼が「その日の気分や趣味で髪や瞳の色を変えて楽しむ」と言っていたことを思い出した。
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