マヨイガの街
私が影時にも尊敬の目を向けると、私の視線の先で烏天狗はヒソヒソと朔太郎に耳打ちし、

「エリートって言葉も通じないとは……!
この都市の言語制約はやはり面倒ですぞ。
次の定例天狗会議で、『東京』のように外の都市と統一するよう提案しましょう」

「その案はこれまで何度も却下されているから通らんと思うぞ。
それに俺も、江戸時代っぽさが感じられるこっちの言葉遣いは好きだしな」

「ああもう……!
天狗の上層部はこんな江戸マニアばかりだから、提案が通らんのです!」

「天狗になってる時点で影時も十分マニアだろうが」

二人は私にはまたよくわからないそんな会話を交わした。

「まあ、ただの酔狂で片づけられる我らと違って、ここの住人となった者たちの思想はもっと徹底したものだがな」

朔太郎は精悍な顔を険しくして、つと目を細めた。

「鈴、確かに大気中のナノマシンへの干渉は一部の人間に制限されているが、懐古都市の外の人間は皆、体内にナノマシンを有し、俺と同じように瞳や髪の色を趣味で変えることもできる。

だが、瞳や髪の色など些末なものだ。

我々が懐古主義者と呼ぶ鈴たちの先祖たちが体内ナノマシンとともに手放したのは、もっと重要なものだった」


「重要なもの……?」


「俺の背に受けた傷がすぐに治ったように──そして俺が鈴の怪我を治療することに使ったように、

体内ナノマシンには命に関わる重傷をも直ちに復元し、人間の生命を維持する働きがある。

懐古主義者たちはその生命維持を司る技術を捨て、

更には高い医療技術によって得られていた寿命をも捨てて、原始的な人間の生活に戻ったのだ。

彼らがここに移り住んだ当初、俺にはその思想は確かに崇高なものにも思えたが──理解することは難しかったな」
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