マヨイガの街
「それでも人は死ぬがな」と、硬直している私に向かって朔太郎は微笑んだ。

「俺もいずれ死ぬだろう」

「どうして……?」

私は震える声を出した。

「そんな世界でも、人は死ぬのですか?」

「死ぬ。事故死、誰かに殺害される、自殺──無論そんな死に方はなくならないし、」

朔太郎は、いずれ訪れる己の運命を思うかのように瞑目した。

「現代の人間の死の多くは、精神の死だ」

「精神の──死?」

「長く生きると心が死ぬのだ、鈴。
自我を失い、他者の手により安楽死を施される。それが我々の世界の死だ」


いずれ己が、己であることすらわからなくなっていくというのは恐ろしい。

朔太郎は染み入るような声で静かに呟いて、

だからこそ……と、瞼を開けて私を見た。


「懐古主義者たちも、
ここでの人生に、肉体の老化による自然死を求めたのかもしれんな」


私は、人が三百年以上も時を止めたままで生きることができるという、仙人たちが住まう世界のような桃源郷を想像した。


「私には、信じられません。
そんな人生を捨てて、不自由な過去の暮らしに戻ろうとした人の気持ちは」


朔太郎はそんな私をじっと見つめて、


「きっと昔の人間も、鈴と同じように思うのだろうな」


そう言った。



「では──私がこれまで信じてきたこの国の歴史は、全てまやかしだったのですか?」

古事記に描かれた神代から平城、平安の世を経て、鎌倉に幕府が開かれ、足利の世、戦国の世が続き、それらの上に今のこの徳川三百年の幕府の治世があるのだと聞かされてきた。

私の知るこの歴史は何だったのだろう。
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