マヨイガの街
周囲に倒れている侍が言っていた「桃源郷の話」というのが何のことなのか、私にもわかった。

夜小丸という烏天狗は、
この場所に本来の空を出現させ、
天狗の力を用いて季節を操れることを見せ、
こんな隠れ家を作って人を集め、

懐古都市の住人に真実を教えていた。

「夜小丸は天狗の会議で常々、
自らこの懐古都市に移り住んだ懐古主義者はともかく、生まれた時から何も知らない鈴たちの世代には真実を知った上で選択する権利がある、外の世界で現代人らしく生きるか、懐古都市の中で短い人生を送るのか、彼ら自身にも選択の自由を与えるのが人道だと主張していた」

大地に無惨な姿でつなぎ止められている烏天狗に視線を送って、朔太郎は淡々と言った。

「しかしすべてを捨てる覚悟で移り住んだ鈴たちの先祖はな、記憶を失う前に、自分たちの子孫にも懐古都市での生活を強く望んでいた。
彼らのその覚悟と意志を尊重するために、夜小丸の提案は受け入れられなかった」

私は驚いて夜小丸を見つめた。

それでは、この烏天狗は私たちのために──

「朔様も、この者が間違っていたと思うのですか……?」

朔太郎は無言でしばし私の顔を眺め、やがて溜息を一つこぼした。

「真実を教えるのが住人のためか、伝えぬのが住人のためか……難しいな。議会とて迷ってはいる。
しかしどちらのが正しいか迷った時、人は歴史においていつも規律に従ってきたのだ」

朔太郎は冷たい目をした。

「こやつの主張が正しいか間違いかはともかく、痺れを切らせたこやつは規律を犯して強硬手段をとった。
懐古都市を崩壊させるために住人をそそのかし、幕府を転覆せしめんとしたこやつの行動は、捨て置くわけにはゆかぬ。然るべき裁きを与える必要がある。それは確かだ」

「そんな……」

私はうつむいた。
< 62 / 82 >

この作品をシェア

pagetop