マヨイガの街
あれから一年、


こちらの暮らしにも慣れ、

徳川の世が終わってより先──この西暦二〇一〇年までに、日本がどのような歴史を辿ったのかも知ることができた。

もっとも、
この第二懐古都市が未だ史実のとおりに動かされているのか、
それとも既に見えない管理者の手を放れて独自の歴史を歩み始めているのかは、彼女も知らない。


超高層のビルの群や、馬よりも速く走る様々な乗り物、初めて食べる料理。

慶応三年より百数十年後の未来の世界は、彼女にとってはまさに夢のような理想郷に思えた。

何もかもがギラギラした世界で、時折
彼女の生きていた町でも見かけた、江戸の時代から残っているという建造物と遭遇したりすると、二度と会えない家族と家を思い出して涙がこぼれた。

あちらで生きていた頃には嫌いであったはずの家が、
温もりなど忘れかけていた父や母が、
とてつもなく懐かしく恋しく胸に浮かんだ。

それでも、後悔はない。

出会ったあの日、

「幸せではないのか?」

そう尋ねてきた天狗の若者に、彼女は胸を張って幸せだとは告げることができなかった。

しかし今、自分は確かに幸せであると彼女は思う。

吊り橋理論はどうだったのか……
今も激務だという天狗の仕事の合間を縫っては会いに来てくれる彼を、このマンションで待ちながら
姿の見えない相手から、自分に注がれる思いを確かに感じとることができる。
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