君のそばに
「調子はどうかな?」
そう言って下絵を覗き込んだのは部長の武藤先輩だった。
「ふむ……。
…どうやら先程から進んでないようだね。…これは、海かな?」
部長は私の絵から目を離すことなく言った。
「…あ、はい。」
私は気の抜けた返事をした。
そう、私が描いていたのは嘉賀家の別荘のテラスから見た海だった。
テーマは『夏休みの思い出』。
昼間の海は太陽の光を浴びキラキラと輝き、それを見てるだけで気持ちが明るくなる気がした。
夜は昼間の姿とは違い、漆黒の闇の中響く波の音が切なく感じると同時に、優しく語りかけるような優雅さに癒された。
その印象が強く私の中に残り、これを作品にしようと思った。
…けど、どうにもペンが進まない。
さっきからどうにか描こうとするんだけど、…あの時のことが頭をよぎって、描く気分を阻害するんだ。
描く側の心情によって、それが絵に表れてしまう。
こんな不安定な気持ちで描いたっていい作品なんて出来ない。
自分の気持ちを整理しなくちゃいけない。