君への距離~クリスマスの奇跡~
「杏さ-ん、もう一回お願いしまぁぁ-す!!」
短距離のコースのゴールラインからスタートラインにいる杏に向かってショートカットの少女が叫んだ。
冬なのに汗だくになって肩で息をしている。
逆に杏はまだ寒そうにウインドブレーカーのポケットに手を突っ込んで肩をすくめている。
「あたしはいいけど…紺(コン)ちゃん、ちょっと休憩したら?」
もう休みなしで1時間以上、2年生の後輩、紺野さゆりは杏に短距離走の相手を頼んでいた。
しかしいっこうに疲れる気配のない杏にかなりの差をつけられて全敗していた。
「あと一回だけでいいんで!」
全国3位の杏が相手なので当たり前といえば当たり前の結果なのだが、負けず嫌いの紺野はなかなかあきらめてくれない。
杏はそんなかわいい後輩にふわっと笑いかけながら
「紺ちゃん、あたしもうダメ!疲れた、疲れた、疲れたぁぁぁぁ!!!!!」
と大きな声で言って、しゃがみこんで疲れたふりをしてみせた。
紺野は目をまるくして呆然と杏をみる。
息ひとつ切らしていない杏の涼しい顔をみればそんな嘘バレバレなのに。
周りにいた他の部員たちも杏の優しい、だけど分かりやすい嘘に思わず笑ってしまう。
「外寒いから部室で朝ご飯にしよ-っと♪」
杏はバッと立ち上がると部室にむかってものすごい速さで避難していった。
(まだ全然走れるんだぁ…)
紺野は後輩ながらも無邪気に走っていく杏をなんだか可愛いと思ってしまう。
(かなわないや…)
紺野はゆっくりとその場に横たわる。
部室までいく体力も残っていなかった。
目の前に白い空が広がっていた。
はく息も真っ白だ。
(でもいつか…あんなふうに走りたい。)