Mという名の何か。
19M
「使い果たした、おしまいさ」
あたしは肩で息をしながら黙って聞く。
「破産だよ、もう日本へは帰れない」

窓枠が風でカタカタと鳴る。ソラ様の鼓動でもあり、あたしの波長の音でもあるような気がした。

ソラ様はあたしの首に乾燥した大きな両手をかける。
「最期にどうしても会いたかった」
「そして一緒に死にたかった」と、あたしはソラ様の続けるはずの言葉を先に口にした。
別に恐くはない。
ただ虚しいだけだ。
マカオのホテルで変死する男女。あたしは想像する。虚無。
あたしの首を締め付ける両手にチカラがこもる。圧迫される血管。脈をリアルに感じる。
ソラ様は泣いた。
あたしは口から精液を吐き出しながら、涙に濡れるご主人様の顔を眺める。
これで死ぬんだ、あたしは実感。



そして体感。







目覚めるとあたしはホテルの天井を見ていた。
天井が下がってきているのか、あたしが昇っているのか。
あたしと天井との距離がどんどん縮まっている気がした。
そのまま長いことあたしは動かなかった。瞬きすらしなかった。
空気は鉛のように重く、鉄の匂いが充満していた。
首を左に傾ける。窓の外は闇。夜だ。
呼吸を整える。
首を右に傾ける。

そこにあるのはソラ様の肉体。


首から大量の血液を流した肉体だ。


血は黒く固まり、手には血まみれのペーパーナイフがしっかりと握られている。
目は閉じている。
触れなくても体温など存在しないことが判った。

死っていうものの意味をあたしは考えたことがなかった。
こうして目の前のソラ様を目の当たりにしても、やはり意味なんて考えようとは思わない。

ソラ様は心中したつもりでいる。
でも、あたしはこうしてパチリと目が覚めた。

Sのソラ様が死んで、
Mのあたしは目が覚めた。

口の中が精液の味で苦い。
あたしは溜めた唾液を飲み込むと、そのまま再び目を閉じた。

眠ろう。

ゆっくり、ゆっくり。

今は何も考える必要なんてない。

現実なんて、やがて大きな泡となり弾けて虚構に変わる。

そう思った。


<了>

エンドケイプ 
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