ふたり

「千鶴くん、私……なにか千鶴くんを怒らせるようなことしちゃった?」


俯いたままつぶやかれた珠希の声に、千鶴も視線を足元に向けたままなにも言わなかった。


「珠希……」

渉の言葉も、沈黙を繋ぐしかない。

「いつまでも、兄弟ごっこなんかしてられないよ」

「なんで、千鶴くんは私のたった一人の家族なのに……」

「家族ごっこだって、真っ平だ」

冷たい視線を珠希へ向け、千鶴ははき捨てるように言う。氷のような千鶴の視線を見ていられず、珠希は両の手で顔を覆って泣き出した。

一年。
たった一年で、崩れてしまった二人の関係。

千鶴は二人の横をすり抜け、下駄箱の方へ歩みを進めていった。泣き出した珠希を渉はそっと抱きしめ、背をなでることしか出来なかった。



「もう、もどれないのかな?」

「……」

渉は、珠希の言葉に何もいえないまま、沈黙を守るしかなかった。






一年の教室の前にずっといるわけにも行かないため、二人は生徒会室へ場所を移動した。

今日は生徒会は休みだから、だれもここにはこない。

渉は、抱きしめる事しかできない自分に腹が立った。

(なにも、言ってあげられない)

優しい両親や仲の良い兄弟…家族に恵まれた環境で育った渉にとって、珠希が家族に対してどれほど依存しているかを客観的に知っているだけで、理解できるわけじゃない。

だから、なにもいえない。

珠希を拒絶しながら自分も泣き出しそうにしている千鶴の気持ちも分からない。


一目ぼれをして、告白して、付き合えて。家族への想いを明かしてくれて。

(それで満足していたのだ。なにもかもを知った気になって。笑顔で家族を語ったその心内になにを抱えているかも知らないのに。最低だ、俺……)

近づきたい。
守ってあげたい。

そう、初めて思ったあの日から、自分は何一つ近づけていなかったのかもしれない。





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