ふたり
珠希にとって高校受験は、一種の賭けのようなものだった。特にやりたいことも無く、ただ、自分のことを誰も知らない世界へと行きたかった。
そして最適だったのが、山奥にあるこの半寮制の桜嵐高校だっただけで。
それでも、弟を一人実家に残したままの寮生活なんて出来るはずも無く、珠希は片道二時間かけての電車通学をしていた。
でもそれも今日で終わり。
今日、弟である千鶴もこの桜嵐の寮に入るのだ。実家は三年間だけ転勤でこちらに来ている叔父夫婦が管理してくれるので心配は要らない。
「珠紀」
「あ、渉くん。どうしたの?」
「どうしたの?じゃないだろ。弟くんに会いに行くっていったのは珠紀だろう」
渉にいわれるまで、忘れていた。どうして千鶴のことを一時でも忘れてしまったのだろう。大切な、たった一人の家族である千鶴の存在を。
「そうね、ごめんなさい。すこしぼぉっとしてた」
「大丈夫か?」
心配そうに渉が珠希の額に手を当てる。渉の冷たい手が、珠希は好きだった。
手の冷たい人は心の温かい人だっていうのは、ほんとうにそのとおりだと思う。
「大丈夫よ。いきましょうか。あまり遅くなると千鶴くんも迷惑するだろうし」
大丈夫。
今の私は一人じゃない。
渉くんがいる。
千鶴くんがいる。
だから、大丈夫。
そう言い聞かせた。