獣~けだもの~
序章
「そなたも逝ってしまうのか。
死ぬる時は、共に、と誓ったはずなのに……!」
まるで。
肩を抱かんばかりに止める手を静かに振り払って、弁慶(べんけい)は微笑んだ。
「……今が、わたしの散り際でございます。
遮那王(しゃなおう)よ」
栄華を極めた都は遠く、北の果ての地に、弁慶達はいた。
彼らの住み家にしている、草深く、静かな奥州は衣川の館も、騎馬に囲まれて、騒然としている。
その騎馬が、五百もいることを鑑みると、館を囲んだ藤原泰衡(ふじわら の やすひら)は争うな、という父の遺言を無視して、本気で首を鎌倉に送るつもりだ。
遮那王……いや。
源義経(みなもとのよしつね)という、この男の首を。
宿敵平家を滅ぼしたのにもかかわらず、源氏の当主の不興を買い。
腹違い、とはいえ。
実の兄に追われ続けること、数年。
この衣川の館が、義経主従の最後の地であるようだった。
長く。
長く。
苦楽を共にしてきた、主(あるじ)の目を見ながら、弁慶は言葉を紡ぐ。