獣~けだもの~
 莫迦にされた、と怒る武蔵坊に。

 青年は、薄く嗤うと言った。

「つい、この間までは御曹司、と呼ばれて寺に押し込まれてはいたが。
 どうせ使わぬ手習いと、剣術の稽古にあきあきして、逃げ出して来たばかりだ。
 今までの名は使えぬよ」

「は!
 御曹司サマとは、恐れ入ったぜ。
 しかし、こ~んな街に、供の一人もつけずに出歩くたぁ、どこの貧乏貴族の御曹司サマだかな!」

「なにをっ……!」

 武蔵坊の挑発に、青年の堪忍袋の緒が切れたらしかった。

 今までへらへらしていた表情が、ぴしり、と改まると。

 地の底から湧きあがるような低い声で言った。

「我は、河内源氏の源義朝が九男、牛若。
 ……いや、遮那王だ」

「なんだ、源氏と言えば、やっぱり。
 今はときめく平氏方に敗れた、落人(おちうど)じゃねぇか。
 がっかりだぜ。
 まだ、どこぞの貧乏貴族の方がマシだ。
 いやいや、平氏に売れば、いくばくかの銭(ぜに)に……」

 と、武蔵坊が言いかけた時だった。

 青年……いや、遮那王は、カシャ、と太刀を鳴らして改めて構えると。

 武蔵坊に向かって、飛びかかって行った。

「がっかり、だと?
 ……今の言葉を、取り消せ!」
 


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