獣~けだもの~
 遮那王の、怒りに狂った剣先は。

 正確さを失って、技量的には拮抗している武蔵坊にはかなうものではない、と思われた。

 ……しかし。

 強い意志が、武蔵坊の長刀をかいくぐる。

 ひゅっ、と微かな風を巻いて、遮那王が、武蔵坊の懐(ふところ)に入った、と思った次の瞬間にはもう。

 武蔵坊の顎の下に結ばれていた、頭巾の紐が、ぱらり、と切れて、落ちた。

「その、落人どもが。
 戦(いくさ)に敗れたものの一族が、どれだけ苦労して日々を生き抜いているのか、そなたには判るまい」

 遮那王は、武蔵坊の首に太刀を当てたまま、凄惨に笑った。

「父は死に、母と別れ、兄弟の行方も定まらず。
 一族は離散し、守るべき家名は地に落ちた。
 心休まる日は、一日とてない」

「……」

「そなたのように、腕に覚えがある者は、銭目当てて襲ってくることもある……
 そんなに、銭が好きならば、このまま首と胴とを切り離して見せようか?
 死してしまえば、銭などあっても無くとも同じことだ!」

 そう、言いながら、遮那王は、ぐぃ、と武蔵坊の首に太刀を突き付ける手の力を込めた。

 遮那王は、本気だ。

 その気配を感じて、武蔵坊は、月の光よりもなお、真っ蒼になった。
 
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