獣~けだもの~
 そう。

 闇の中から出て来たのは。

 先程、怪僧に驚き、あわてて逃げて行った、と見えた稚児だった。

「我に加勢するつもりで、扇を投げたのか?
 だとしたら、かなり的外れだ。
 稚児だとしても、いずれ漢となるのだから、わずかでも武の道はたしなんでおいたほうがいい。
 志は有難いが、今少しで、騒ぎの元を仕留めたものを……」

 扇の主が稚児だと判り、殺気がそれて小言を言う遮那王に。

 稚児は、自身の紅い唇をにぃ、と曲げて、ほほ笑んだ。

「ちがう」

「何?」

 訝(いぶか)しく思って、首を傾ける遮那王に。

 稚児はすたすたと近づいて、落ちた扇を拾い……そのまま、短剣のように構えた。

「わたしの名は武蔵坊、弁慶。
 同宗の弥太郎が、世話になったな。
 さあ、命が惜しくば、刀をよこせ!!」

「なんだと!!」

 稚児……いや、弁慶は。

 驚いている遮那王の小手(こて)を扇でぺしり、とはたいた。

 弁慶の細腕から繰り出されるその力は、思いのほか強く。

 遮那王はたまらず、太刀を取り落とす。

「く……そ……!」

 弁慶は、刀の柄(つか)を持ったかと思うと。

 衣を掴んで引き倒そうとする遮那王の手を逃れて、五条の橋の欄干に絶妙な均衡ですっく、と立った。
 
  



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