獣~けだもの~
「あなたに従う残り十騎のうちには、わたしの右腕も混ざってはおりますが、長くは持ちますまい。
 わたしが出て行ったとて焼け石に水でも、全力で戦えば、わずかな刻、敵を防ぐ壁となります」
 
「弁慶」

 その決意を知り、万感の思いを込めて呟く義経に、弁慶は再び微笑んだ。

「遮那王よ。
 わたしが命を賭ければ、わずかに刻を稼ぐことができるでしょう。
 その刻を使ってあなたは、源の武将として、堂々と自ら命を絶つことができます。
 あるいは。
 再び立ち上がることを願って、ここを落ち、名を変えて生き延びるのも良いでしょう。
 蝦夷(えぞ)にでも、外国(とっくに)にでも渡れば、あらたな未来(さき)が開けるかもしれませぬ。
 だか、しかし……」

 言って、弁慶は。

 いっそ、穏やかとも見える微笑みを凄惨なものに変えて言った。

「決して、自らの命運を他人の手にゆだねませんように……」

「弁慶」

「野(や)を駆ける獣は、その散り際が潔く、自分の意志を貫きます。
 どんな苦境にあっても決して、あきらめず。
 主に従っても、飼われる事はありません。
 あなたは、最後のその刻まで。
 誇り高き、一匹の獣でいてくださいますように……」

「……獣、か」

 死か。

 あるいは、逃亡か。

 決して降伏だけはするなという弁慶の言葉に、義経は初めて笑った。
 
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