獣~けだもの~
 ふてくされて言う遮那王の言葉に。

 弁慶は、すぃ、と目を細めた。

「……できるものなら、とっくにやっている」

 その、弁慶の瞳の奥に。

 なにやら、悲しみとも、いら立ちとも見える光を見つけて、遮那王は、半分、身を起こした。

「弁慶、そなた……」

「……それ以上、何か言ったら。
 太刀だけでなく、その笛も奪ってゆく」

 睨む弁慶に、おお、こわ、と首をすくめて遮那王は言った。

「……なんだ、そなた。
 笛まで吹けるのか?」

「何か、言ったな?
 笛も、奪ってゆく。
 ……少なくとも、お前より上手いぞ。
 寺に愛用を置いてきて以来、最近は、吹く機会はなかったが」

 言って、笛を奪おうと。

 手をのばす弁慶に、遮那王は言った。

「……まてまて。
 笛は、わざわざ奪わずとも、やろう。
 その代わり、一節、吹いてゆけ」

 今まで、太刀で負けた事は無く。

 笛の方も、相当なものだと自負してきたのに、どちらも負けたとあっては、溜飲が下がらぬ。

 口だけでなく、実際に聞いてみたら、完全に諦めるから、と。

 言った遮那王に、弁慶は、ほとんど不用心に近づいた。

 相手が、地べたに、寝転がり。

 負けを認めているので、油断したのだ。
 
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