獣~けだもの~
「……」

 女、と言われれば、もう。

 それにしか見えないほど華奢な身体で、なお。

 地面に、踏ん張って立ち。

 真剣に自分を睨みつけている、野生の獣のような弁慶の顔を見ているうちに。

 遮那王自身も知らぬうちに、心の中で、何かが変わったようだった。

 その。

 今までに、遮那王が一度も感じたことのない変化は。

『笑い』の形になって、彼の感情の上に現れた。

「何がおかしい!」

 再び怒鳴る弁慶に、遮那王は、げらげらと上がってくる感情に腹を抱えて、手を振った。

「……判った。
 我も、また、判ったよ」

「何が!」

「今まで、我の好みは、人形のような美形だと思っていた。
 だから、そなたの頼みに、こんな夜遅く、五条まで出かけて来たのだが」

「だから、なんだ!」

「どうやら、我は莫迦者が好きらしい。
 しかも。
 到底かなうはずもないほど、大きな夢を持った獣のような莫迦が。
 女の身で、一国一城だと?
 天下国家だと?
 莫迦莫迦しくて、笑いが止まらん。
 戯言だとしても、そなたとなら、一生退屈しなくて済みそうだ」

「うるさい!
 戯言などと、いうな!」
 
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