獣~けだもの~
終章
 

 わあっ、という耳をつんざくような、怒号と。

 刃同士の打ち合う金属音が、更に近づいた。

 未だ、その現場にたどり着かずも、増した激しさを聞いて、弁慶は。

 ふっと、過去に遊ばせていた思考を、現実の衣川の屋敷に戻した。

 あの、五条の大橋で初めて、遮那王と出会ってから、今日まで何年経ったのか。

 若気に至り、最初のうちは、天下国家だ、新たなる武家の世を造るだと、夢に燃えていても結局。

 平氏憎しの私怨に溺れ、巻き込まれ、ただ右往左往しただけのような気もする。

 それでも。

 時代に埋もれた、ただの女子と違い。

 遮那王と一緒に戦場を駆け抜けることができたのは、幸福か。

 気がつけば。

 側室はもとより、正妻の姫よりも、長く、近く、遮那王の側にいた。

「一度くらいは、抱かれてみても良かったか?」

 最後の戦場に通じる、誰も居ない屋敷の廊下で、弁慶は、一人ささやき、すぐ、嗤う。

 そんなものは、遮那王に出会う前には、もう。

 とっくに捨てていた。

 そして。

 何が起きても、もう、何も。

 絶対に、後悔しないことも決めていた。
 
 
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