獣~けだもの~
 月明かりの中。

 青年が、機嫌よくほほ笑んでいるのを見て、稚児は頭を下げた。

「本日は、我が主のために、わざわざ五条まで来ていただき、ありがとうございました」

「なに。
 見知らぬ者の助太刀に、ではなく。
 半分は酔狂。
 もう半分は、そなたのために来たのだ」

 青年は手にした笛を弄びながら、ふふ、と笑った。

「この橋には、時々。
 六尺五寸(約195cm)の壁のごとき正体不明の大男が立ちふさがり。
 太刀を置いていけ、と言うのだろう?
 中々に良い腕で、そなたの主のも含めて、何本も刀を盗ったのに。
 売りにも、自分で使うこともせず。
 千本集めて、どこぞに奉納するのだと?
 苦労して、集めた刀を捨てるのと同じことをする。
 そんな、間抜けな男の顔を見に来たのだ。
 それと……」

 彼はすぃ、と目を細め。

 興味深そうに稚児を見た。

「もし、その大男を倒し。
 主の太刀を、首尾よく奪還できたなら。 
 そなたを、一晩好きにして良いと?」

「はい……確かに約束をいたしました」

 稚児は、まだ声変わりをしていない、震える喉を励まして言うと。

 おどおどと、青年を見た。
 
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