スタッカート《番外編》
ゆるんだ口を戻せないまま、ピアノの上から飛び降りて、東子の前まで歩く。俺が一歩踏み出すたびに小さくぴくりと反応する肩を見て、鼓膜の向こう、心臓が小さく脈を打つのを聞いた。
目線を合わせるように少しかがんで、相変わらず真っ赤なままの顔を覗き込む。なかなか目を合わせようとせずそっぽを向いたままの東子の髪をひと束すくって、東子、と小さく名前を呼んだ。
一瞬揺れた茶色の瞳が、俺の瞳をとらえるためにこちらへと動く。
視線が強く絡まる直前に、掬った髪を引き寄せた。
互いの鼻先がくっついて、その瞬間東子の肩がびくりと跳ねる。
顔を斜めに向けてしまえば、唇がすぐに、東子のそれと触れる。
数秒の間、沈黙が流れて。
反射的にぎゅっとつむっていた目を、恐る恐る開けた東子に、にやりと笑いかけた。
「なに期待してんだ、馬鹿」
「――ッ!!」
本当にこいつは、アホだ。