スタッカート《番外編》
それからも俺は様々なものに打ちのめされ、気付けば窓の外は随分と暗くなっていた。
話し終わり、長い沈黙が降りた部屋で、深く息を吸いそろそろ出るか、とため息とともに吐き出して。
その言葉に、俺の真正面に座るトキが小さく頷くのが分かった。
「―トキ」
椅子から立ち上がり、ドアへと向かうトキの背中に声をかける。
振り返ったトキは、驚いた様子で目を見開いていて。
その時、そういえば初めて、憎しみや怒りを込めてではなく、まともにトキの名を呼んだのだと、気付いた。
そんな自分はどこかくすぐったくて、緩みそうになる口元を無理矢理きゅっと結び、俺は口端だけで笑い、言った。
「…伊上のこと、大事にしろよ」
暫し沈黙が流れ、逆行で顔半分を陰にしたトキが目を見開くのが見えた。
だがやがて微かに、切れ長の目が細めれて。
その表情はあまりに幸福そうで、こいつがこんな笑顔ができることを―こんなふうに変わった理由を知った俺は。
悔しくて、悔しくて、苦し紛れに一言、投げつけてやった。
「泣かせたら、殺す」
脳裏に浮かんだのはやはり、あの夜、公園で見た伊上の横顔だった。