屋上の鍵は机の中に
杉下さんは目を見開いて、僕の顔をじっと見ている。
「珍しいわね、姫村くんが図書館の中にいるなんて。」
実は授業以外で入るのは初めてだ。曖昧に笑って気まずさを誤魔化した。
「あのね、探してる本があるんだけど、見つからなくて。手伝ってもらえないかな?」
「あ、それなら検索機があるわ。」
そう言うと、杉下さんは棚の向こうに呼びかけた。
「宮藤さん、端末持ってきてる?」
ドキッとした。宮藤さんてあの宮藤さんか?
「本を探してる人がいるの。」
棚から姿を現したのは、まさしく宮藤かんなだった。
待って。心の準備が出来てない。
「はい、あります。私が引き継ぎますね。お探しの本は?」
杉下さんはよろしく言って去ってしまった。心細い。
「あ、えっと、宇宙の恒星や銀河について書いてある宇宙論の本で、著者はドイツ人だったと思う。カントだったかな。」
「あ、カントなら哲学の分類にあるかも知れないですね。」
宮藤はノート大の電子ボードを操作している。
頭の中が白くなりかけながら、ちゃんと話せた自分を誉めてあげたい。
心臓の音がひどい。
組んでいる掌が汗で濡れて気持ち悪い。
浅く深呼吸を繰り返しているところに声がかかった。
「姫村さん、哲学の棚に行ってみましょうか。」
「は、はい!」
うわずった。
これでは呼吸の荒い挙動が不審な人物に見えるじゃないか。
落ち着け。