屋上の鍵は机の中に
春眠暁を覚えず
処々に啼鳥を聞く
夜来風雨の声
花落つること知んぬ多少ぞ

春になると、どうしてこんなにも眠くなるのだろう。

睡眠不足でもないのに、気が付くとうつらうつら、まどろみの中に落ちている。

猛浩然の生きた時代から変わらないとは不思議だ。

DNAに何か刻まれているのだろうか。

それとも、急に動き出した世界に人は疲れてしまうのだろうか。




白い闇の中、僕を呼んでいる声が聞こえるような気がして、だんだんと意識が浮き上がってくる。

でも、まだ寝ていたいから聞こえていない振りをした。

「ひーちゃん、起きて。ねえ、ひーちゃん!」

陽光(アキミツ)だ。体を揺すってきたからもう寝ていられなかった。

仕方なく目を開ける。

「まったく、よく熟睡できるよね、こんなところでさ!」

起きたばかりの霞む視界で、辺りをぐるりと見渡した。

体育館にはもうほとんど生徒は残っていなかった。

放送局員が数名、機材を片付けている。

僕の座っている席には、ギャラリーの窓からやわらかい陽の光が降り注いでいて、とても暖かかった。

「ごめん、待たせちゃったよね。すみません。」

目を擦りつつ重たい体を立ち上がらせた。

軽く立ちくらみがしてよろけた、と思ったけれど、眼球が回っただけのようだった。

「本当にすごく待ったんだよ。ひーちゃんてば全然起きないんだもん。みんなは笑いながら帰っちゃうしさ、おいてこうかと思った。」

機嫌を損ねてしまったらしい。

ずんずん先へ歩いて行ってしまう彼に、もう一度謝った。

「アイス。」

「うん、坂下に新しいアイスクリームショップができたって女の子が教えてくれたよ。そこ行ってみようか。」

振り返った陽光はまぶしいくらいの笑顔だった。

早速何を食べようか思案している彼と並んで体育館を出た。


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