姫さんの奴隷様っ!
 
 
 
「ならば、お前達は戻るが良い。そうも騒がれては、忍びで出歩くことも出来ぬではないか!……あぁ、勿論、妻に叱責されたいのならば、だがな、ウヅキ?」
 
 
「それは、その……」 
 
 
言葉に詰まるウヅキとただ狼狽するだけのキサ。そんな護衛の青年達を目の当たりにして、灰色は不敵に笑う。それは明確な自信からくる笑みだった。
 
 
主人の護衛を任された筈の者が、任務を全うせずにあろうことか主人を置き去りにして帰宅したとなれば、大問題だ。
青年達は第二の権力者である主人の妻に、どのような罰を与えられるかと考えているのか、青ざめた顔をしている。
 
 
 
"テルミット"は振り返り、キサとウヅキを見据える。そして、自分の思い描いた通りの反応をする護衛達を、満足げに見つめた後で踵を返す。
 
 
 
「それではな。私は先を急がねばならぬ故。安心しろ。例え重傷を負おうと、お前達を恨みはせぬ。恨むとすれば、刺客などに手傷を負わされた己の未熟さだ」
 
 
 
ガッハッハ、と高笑いをする"テルミット"は、実に愉快そうだった。
青年達にしてみれば、心の赴くままにひた走る主人に付き合わされているのだから、終始疲労の連続なのだろうが。とはいえ、逃げ出すことは許されない。
 
 
 
「あぁっ!お、お待ち下さい、"テルミット"っ!」
 
 
「……諦めろ、キサ。"テルミット"は、一度言い出したら聞かぬお方だ」
 
 
「そーんなことは、百も承知だけどさあ〜」
 
 
恨めしげに口を尖らせるキサには見向きもせず、ウヅキはため息を零すと、そそくさと前方の広い背中を追いかける。
 
 
「あ、無視すんなよ〜!なあ、なあ、なあ!なあって言ってるだろっ!待てって!俺をおいてきぼりにするな〜!」
 
 
 
反芻するキサの叫びを合図に、鳥達は一斉に大空を目掛けて飛び立った。そうして、柔らかい凪に包まれる。
 
 
 
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