比丘尼の残夢【完】
この格好がよほど可笑しいのか、窓の向こうで男は吹き出していた。


その笑い顔は何処かで見た事があるような?


慌てて窓を開けようとした私を手で制し、もう一度確認するように男は私の目を見た。

それから「わかった」とでも言うように笑って頷いて、再び運転手が扉を開ける車に戻って行った。


なんだ、なんだ?


呆然とする私の横を、黒塗りの車は再びクラクションを鳴らし、行ってしまった。

道端に唾を吐いて運転席に戻ってきた医者は、またもや不機嫌な表情をしていた。


「隠れてろって言っただろう」

「へぇ、... すみませんです」

だってみつかっちゃったんだもの。

医者からは薄い煙の匂いがして、さっきの男よりもこいつは偉いのか、流石お医者様... と不思議な気持ちで彼の横顔を見た。


「どなたさまですか、今の御方は」

「直嗣の弟の、浩毅(ヒロキ)」

あれがご主人様に会いに来ない、冷たい弟。
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