比丘尼の残夢【完】
そんなこと言わないで良いです。それは約束に入っていないです。


「... ん?」

医者の表情が曇った。

演技派だ。

聴診器を一度耳から外してフッと息を吹きかけ、再び私の胸に押し当てた。

きっと心音はとんでもない事になっているに違いない。

だって恥ずかしいですし。

せめてご主人様には何処かに行って欲しいのですが、そのご主人様を騙さなくてはならないのだから仕方がない。


「これは... 」

医者は額を押さえて、真剣な顔をした。


「な、なんだ... 肺? 心臓なのか?」

「ちょっと、待ってくれ。どうしたものか」

不安そうなご主人様に釣られるように、私も不安な顔になった。

医者の演技が巧過ぎて、もしかしたら本当になにか病気が見つかったのではないかと思ったのだ。

大きく息を吐き出す医者と対照的に、私とご主人様は同じ顔で息をのんだ。
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