比丘尼の残夢【完】
「大方格好つけていたいんだろうが。
今生の別れかもしれんのに、君が知らないで明日別れるのは余りにもどうかと思う」

直ぐ戻ってくるよ、とご主人様は笑った。

嘘や冗談には見えなかった。


「俺は正直もう、連れ出すのは諦めてた。
礼を言うよ。君があいつの気持ちを縛り付けてた、あの比丘尼の呪いを解いたんだ」



それは本当に呪いだったのだろうか。

ご主人様はここでただ、その人と過ごしていた時の幸せな夢をずっと見ていたかっただけのような気がする。


「聞かなかったことにして欲しい。
でも何か言いたいことがあるのなら、今夜ちゃんと伝えておくんだ。
死んだら、もう二度と会えない」

医者は私の肩を叩き、「やれるだけのことはする。明日の朝また、な」と慰めのようなことを言って、去って行った。

頼まれごとを反故にしてまで教えてくれた医者に、言わねばならないお礼も口にできなかった。
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