「金剛戦士Ⅱ」西方浄土
由紀には、前野の顔を覚えていた理由があった。

夫の宏が、月での訓練中の事故で亡くなった時に、前野が官房長官をしていて、事故の発表をしたのだった。

前野は、発表後にあった、その年の選挙で前野の所属していた政党が敗れ、政権交代となり、その翌年には脳梗塞を患い、身体的な理由で政界を引退していた。

官房長官をしていた期間は、一年数ヶ月であったが、いつも落ち着いた静かな口調で話して、冷静な印象を持っていたが、どことなく力強さが無く、印象が薄くて記憶には残り難い感じの人であった。

由紀が前野を覚えていた理由を話すると、彼は驚き

「そうですか・・・あの時の亡くなった丸茂さんの奥さんでしたか。私も、あの事故の件は、よく覚えております。真に惜しい方を事故で失うような結果になってしまい、残念でありました」

「遍路の途中で、お会いするとは思いもよりませんでした」
と由紀に頭を下げた。

由紀は、いまさら元の官房長官に頭を下げてほしかった訳でもなく、そんな事より、どうして遍路をしているのかを訊ねると

「脳梗塞を患い入院して、政界を引退したのですが、退院した後も左半身に後遺症が残り、不自由な生活を送っていたのです。その頃は、先の希望も無く、通院をしながら決められたリハビリメニューを繰り返しているだけの毎日でした」

「そんな生活を送っていた時、障害者に勇気を与えようと、両足を事故で切断した義足のランナーが八十八ヶ所巡りにトライしている事をニュースで知り、応援しようと寄付をしました」
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