空の教室
空の教室
「あの日」のことを話すには、さて、何から話したらいいのだろう?
その日は確か、雨だった。時期は六月、全国的に言えば梅雨の真っただ中だったが、梅雨の存在しない北海道には関係ない。だが、「あの日」は確かに雨だった。
そして――そうだ。僕らは放課後の教室で中間考査の教務補習を受けていた。
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六月の半ば、一学期の中間考査も間近に迫ったその雨の日のこと。僕らは放課後の教室にひっそりと身をひそめるように佇んでいた。
僕と高梨。お互いの机の上には各教科ごとにまとめられたプリントが散らばっていた。黒板の上の方には白チョークで『教務補習会! 第一回目』と細い字で書かれていた。教務補習とは、先生方が有志に行ってくれる講習で、主にテスト前に、成績が低空飛行の者を対象にして行われる、この学園に昔から馴染のあるものらしい。
入学してからずっと低空飛行者である僕たちは、二年になった今でも、定期考査の度、一度も欠かすことなくこの補習にお世話になっていた。
机に突っ伏しながら、シャープペンをコロコロと転がす。今日の講師である担任の橋谷先生は、まだまだ時間がかかるだろうと予想して、僕らの分夕食を買いに行ってくれているところだ。時刻は六時を回っていた。
僕はあくびよひとつして、顔を上げた。そしてさっき指示されたように、わからない問題を選んで赤ペンでグリグリと丸をつける。――全ての問題にしるしをつけ終わると、僕はペンをノックして窓際にいる高梨の方に振り向く。
「この『数Ⅱ』ってのはなんでこんなにややこしいんだ」
小学生で習うような、足し算や引き算ならまだしも、三角形の角度や外接円の面積、普段普通に生活していたら絶対にお目にかからないような難解な方程式。これが解けるようになったからってなんだって言うんだ!
――と、僕が落ちこぼれの名台詞を言い終えると、高梨は呆れたような表情で言った。
「――数学ってのは基本的に『デキる奴』がやる教科だから、俺たちが頑張ったって無理な話」